2015/04/24

この世界

犬の知覚には驚かされる。空(くう)は出かけようとすると、いつも狂ったように吠えるのだけど、出かけようかな、と頭で考えただけで、すでにソワソワしはじめる。こっそり出かけようと、別室でジーンズに財布を入れただけでも、扉の向こうから吠えはじめる。準備する前の、いつもとは違う状態を見抜かれているので、財布の革がジーンズに擦れる微かな音にも反応できる。本人も気づいていないような、表面からは知りにくい微妙な心の動きを、獣は感じとっている。言い換えると、見えないものを見ている。

こういう能力は人間にもあるだろうと思う。9日間の断食、断水、不眠、不臥という極限の行に入ると、意識が敏感になりすぎて、線香が燃え落ちる音が聞こえたり、襖の向こうにいる人の匂いがしたりするらしい。そこまで極限ではなくても、黙っていてもなんとなく伝わってくるものはあるし、嘘をつかれていると、なんとなくその人を心からは信じられない。その逆に、口ベタで不器用でも、嘘や虚飾がなければ、伝わってくる真心がある。でもそれがなんでわかるかは、自分でもうまく言えない。きっと心の奥には、人生の羅針盤がある。

ほとんどの人が見えていないものを見ている人は、気苦労が多いだろうと思う。誤解されたり、変わった人ねと疎外されることもあるだろう。でもそれがその人の心を強くする。彼の見ているものが自己中心的でさえなければ、それは彼にとってかけがえのない真実であり、ありのままでも美しいこの世界。





0 件のコメント:

コメントを投稿