2015/02/14


無性に海が見たくなることがある。

誰もいない砂浜で、ぼんやり海を見ていると、なにも考えられなくなってきて、私が海を見ている、という状態から、私を通して、(なにものかが)、海を見ている。という経験に変位する。海が私を見ているのか、私が海を見ているのか、そんなこともわからなくなる。私を媒体にして、なにかが海と交流している。そんなふうに思わせる力が、海(波)にあるのだと思う。

太陽の破片が煌めき、波打ち際で慌ただしく小鳥が走る。そのかわいげな足跡を、波が静かに打ち消していく。そんな風景が、ますます自分を透明にしてくれる。海は生と死。時の流れそのものという気がしてくる。波の満ち引きと深い呼吸が重なるころ、忘れかけていた小さな生命が、繋がりを求めて戻ってくる。私のなかで考えていた神々が、詩聖(詩性)を通して囁いていたのは、新しい意識の創造についての話だろう。


0 件のコメント:

コメントを投稿