2014/08/19

回想のセザンヌ


              セザンヌ「ジョワシャン・ガスケの肖像」1896-97年
 
ベルナールの「回想のセザンヌ」を読み終えた。

ガスケの本もよかったけど、こちらもおもしろかった。読んでいるとすごく絵が浮かぶ。セザンヌがいた風景、その背中。空気。彼は写生の道中で、悪童どもにバカにされ、石を投げられた。サロンでの落選を繰り返し、その作品がようやく評価されるようになるのは、晩年。有名なサント・ヴィクトワール山と大松の絵は、当時の会場の扉口の上にかけられて、笑いものにされた。セザンヌは自分の芸術が世間に全く理解されないことに深く意気消沈していた。「絵を描きながら死のうと自らに誓いました」とはベルナール宛書簡。ある日の写生で突然の雷雨に襲われて、彼は昏倒する。

さんざん笑いものにしておいて、本人がいなくなってから近代絵画の父と呼ぶアカデミズムって、何様だろうか。

セザンヌの肖像画を見ていると、人間も自然の一部であることがよく伝わってくる。ヒトとモノが、エネルギー(気)の流れとして、踊るように画面に調和している。サント・ヴィクトワール山は、彼に選ばれてうれしかった。喜んでいる。それがよくわかる。見たことも聞いたこともない山だけど、そのことを、いまここにいて確信できる。

セザンヌが近代絵画の父と言われているのは、キュビズムがあったからだと思う。彼の「自然は、円球、円錐、円筒、で出来ている」という言葉は有名だけど、キュビズムとは戦略でありコンセプトなのだから、その進化が彼を越えられないことは、キュビズムがはじまった時点で確定されていた。セザンヌの絵は写実的ではないけれど、理系世界の構造現象というふうにも、僕はあまり思わない。あえて例えるなら、音楽であり、旋律だと思う。画布のなかに「気」が凝縮している。気が集合して「生」になっている。

『人間が生きているというのは、生命を構成する気が集合しているということである。気が集合すると生になり、離散すると死になる』荘子

集合させるのは画家であり、自然との出逢いだと思う。それほど時間をかけているようには見えないのに、遅筆だったのは、そのせいだと思う。描きかけの絵を、何年もおいてから、ちょっとだけ手を加えたりしていたのだと思う。他の人が見れば、なにがなんだかわからない。だけど本人にとっては、切実な問題で、画家にとっての「気」は、流通している時間や空間を越えているので、その集め方は、本人すらよくわからない類のものだろう。

セザンヌのタッチはとても純粋で、時間をかけて丁寧に正直に描いているのが、肖像画を見るとよくわかる。「集めている」という表現がしっくりくる。その周辺の空気とは、そこに立つ人の存在によって変化する。彼は万物の指揮者だった。気を集めてダンスを踊ってもらうには、極限の集中と曖昧な時間が必要なので、もしセザンヌがこれほどの集中を迷いなく量産できていたら、きっと若い時期に生涯を終えていたと思う。

日本人はどうしてもマンガやアニメの影響を受けてしまうので、五歳くらいを越えて自我が芽生えてくると、どこか絵がつまらなくなる。自分のなかから自然に発するものではなく、記憶にある映像を追ってしまうので、自然ではなくて、記憶の模倣になってしまう。セザンヌは記憶の箱ではなくて、自分のなかから自然を描く。トランプをする人の絵を何枚も描いているのは、その模索だと思う。構図は同じでも、だんだん下手になっているように見えるから、笑いものにされる。ほんとうは真理に近づいていることを、理解してくれる人は多くなかった。


自分のなかからカチリと一致する、外の世界との関係は、ほんとうはおしなべて平等に、誰もが知っていて、感じられる。説明のできないなにかを感じて、カチリ。と、扉が開く。気がついたら音もなく、開いているのかもしれない。その扉から新しい感動があふれてくる。まるで音楽のように。芸術の働きとは、そういうものだと思う。

『自分というものが干渉すると、みんな台無しになる。何故だろう』Paul Cézanne
 
 
 

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