2012/12/28

終着駅

ここ数日、気になってしかたがなかった熊野のことをネット検索で調べていたら、いつのまにやら西行法師に辿り着いてしまった。なんだか心がストンと落ち着いてしまって、もはやどこにも動こうとしない。もうこれ以上、なにも調べる気がしない。いろんな駅に途中下車したけど、どうやらここ(西行)が終着駅のような気がする。ネットサーフィンって、思考の旅だと思う。なにかを調べようとしていたのだから、問いかけがあったはず、でも今回、その問いかけそのものが揺らいでいたので、出口がなかった。それでも情報の波のなかから、なんとなく興味があるものを選んで泳いでいたら、すっぽりと、まるで等身大の穴んぼこのように落ちこむ場所があった。それが僕にとって「西行」だったのだ。ああ、ここに辿り着きたかったんだなあと、思った。どうやら旅というものは、終わってからはじまるのかもしれない。地図を捨てたあとに、ほんとうに探していたものに、巡り会えるのかもしれない。

西行のことはいわずもがな。ただひとつ、極私的に迫ってくる詩があった。このことなら、話せる。

世を捨つる人はまことに捨つるかは 捨てぬ人をぞ捨つるとはいふ
(出家した人は悟りや救いを求めており本当に世を捨てたとは言えない。出家しない人こそ自分を捨てているのだ )

僕もかつて、世捨て人であろうと強く望んだことがあった。いまもたぶん、望んでいると思う。二十代後半のころ、路上で絵を売ってその金だけで暮らし、底辺の人たちだけと触れ合い、社会から手を切ろうと思い、そのように行動した。でもそこに居続けることができなかった。今思うと当たり前だけど、世を捨てようという行為そのものの中に、強烈に世の中にしがみつこうとする自我を発見してしまったから。そのころの強烈な記憶が、この詩に結びついた。

西行の魅力は、答えのでない、その切実なさまよいのなかに落ちる、雨音のようなものだと思う。自分の気持ちを代弁してくれているとさえ思えるのは、そういうことなのだと思う。
 
 
 
ねがはくは 花のしたにて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃

西行
 
 

2012/12/26

光る花

昨日は川の石を拾っていた。石をじいーっと見つめていると、頭がからっぽになってしまう。いまは落ち着いたけど、ここ(神山)に住み始めた当初は、取り憑かれたように石ばかり拾っていた。このへんの川辺の石は色も形も美しく、多種多彩なので飽きることがなく、巨石も目眩がするような歴史を宿して、ちゃんと残っている。石や流木、ひっくるめて自然には、人間がどのようにもがいてもかなわない匠(たくみ)がある。そこに学び、まずはとことん(気持ちのよい)絶望をして、自分とはなんぞや、人間とはなんぞやと自問自答することから、はじめられることがあるのだと思う。お部屋にアートもいいのだけど、お部屋に石、窓辺に流木もいいものです。一番手厳しい師匠がそばにいるようで、安らぎがありますよ。

石と言えば、すこしまえに熊野に行っていて、帰ってきてから熊野と那智のことを調べたら、ああそういうことだったのかという発見がたくさんありました。なにも調べずに自分のタイミングと地図だけで出かけたのだけど、調べてから行くよりも、帰ってすこし間をおいてから調べると、そのときはよくわからなかった発見があり、いやおうなく心に刻まれるモノやコトがある。しらなかったのだけど、1400万年前の火山活動の結果、那智から熊野にかけての沿岸部一帯は、銅、硫化鉄、金、銀などの鉱床に恵まれた地帯だったらしく、熊野古道はかつての秘宝、水銀の道だった。ようするに鉱石的な、特殊な磁場がある土地だったということで、そういう歴史が、熊野の気配を作っていたとしたら、僕の羅針盤を動かしていた見えない力は、地下にあったのだ。人間は自然の一部だから、自然の見えない力に、たえず影響を受け続けるのだと思う。だからそのことを忘れて、反すれば、歪みが生じる。だとしたら、物言わぬ自然や、今に伝えられてきた(大きな意味で)芸術とは、われわれにとっての大切な地図であり、道標なのだと思う。自分でも気づかないような深い場所にある羅針盤の在処を示し、道を思い出させてくれるものであり、そうでなければならないものなのだと思う

  
                          ★

時間の都合で、しかたなく途中で引き返した熊野古道。その入り口で、ちょっと不思議な体験をした。森の入り口で、まるで誘いこむように、きらきらと輝いているものがあった。それは大きな白い花だった。宮沢賢治のガドルフの百合のようにも、白い彼岸花のようにも見えた。その花は、まるで森に誘う(いざなう)ように、ゆらりゆらりと、手まねきしているように思えた。森に入る直前の興奮状態だったので、天啓のような、ある奇跡的な出来事のように思えて、手を合わせたいような気持ちになった。

よく見ると、たまたま強い木漏れ陽が、スポットライトのように、小さな一本の木だけに当たっていただけだった。それはいわゆる勘違いのようなもので、大きな声で人に話せるようなことではないのだけど、だから(光る花を)見ていない、とは言えないと思う。たとえ一瞬でも感じた大切なものを、じつはちがうんですよと、なかったものとして、いとも簡単にかたづけることは僕はできない。実際に一本の木だとわかったあとでも、ああ、これは花なのだと、どこかでしみじみと納得している自分がいる。それはひとときだけ、そのタイミングでしか感じることができなかった有様に、いつも寄り添っているはずの、もうひとつの世界の破片を重ねて見ているからだと思う。儚い(はかない)からこそ、切実であって、心に残る点になり、その点と点が結ばれることによって、現在進行形で育まれていく物語がある。大昔のひとは、いまよりもはるかに変成意識状態になりやすかったのだと思う。そのころに心の底から戻りたいとは思っていないのだけど、だからこそ育むことのできた物語とリアリティのことを、うらやましく思うし、今に引き継がれてきた磁場を通して、強い影響を受けているという実感もある。今と昔を、とまどうことなく行き来できたとしたら、あの日あのとき、しかたなく途中で引き返さなければ、その先でなにを見たのだろうと思う。





2012/12/21

熊野へ


地虫が鳴き始めていた。耳をそばだてるとかすかに聞こえる程だった。耳鳴りのようにも思えた。これから夜を通して、地虫は鳴きつづける。彼は、夜の、冷えた土のにおいを想った。

中上健次『岬』より




和歌山に渡る前夜のジョギングで、川岸を歩く二匹のタヌキを見た。一匹目はあまりこちらを気にしない様子で、じっくりと観察できたが、二匹目はあわてて向こう岸に渡ろうとして、流れが速い場所で足を取られて流されてしまった。ジタバタ泳いでなんとかこちら岸に辿り着いたあと、逃げてしまった。




龍神村を経由して、国道311(熊野街道)をひたすら東へ。ときおり神話を連想させる地名。熊野川に沿って熊野灘へ。土砂崩れが痛々しい。熊野速玉神社で参拝してから、那智の宿へ。明日は那智山原始林と、瀧へ。




早朝から那智飛龍神社、熊野那智大社、那智山原生林、黒潮に呼応する那智大瀧。飛び交う八咫烏が、幽深な森に影を落とした。 熊野古道を途中で引き返し、陰陽の瀧を目指すも、台風12号の被害で遊歩道が崩落、曼荼羅の郷河川公園も根崩れ。水害の傷跡が目に染みる。土砂崩れが連続する熊野川沿いを通って、熊野本宮大社。時計の針を戻すように、R311を西へ。




タヌキの川流れ。珍しいものを見たので、なにかあるのかなと思っていた。水害の傷跡は、最初はショックだったけど、帰り道は那智の魔法にかかっていたので、すっかり水がひいた熊野川の遠景が、龍の轍(わだち)に見えた。痛々しい風景のなかに、どこか懐かしい、物語のはじまりを抱いた。


                             ★

 


陰陽瀧の入り口。土砂だらけの荒野で、たったひとつ、咲き誇る寒椿があった。よほど根が深いのだろうと思う。


 

2012/12/17

新天地

山道をバイクで走っていると、ときどきだけど、車に無茶な追い越しをかけられる。自分もしかたなく追い越しをかけることもあるのだけど、トロトロ走るのが好きだから、めったにしない。前に遅い車があったら、(失礼だけど)ちょっと微笑ましいような、かわいいなあ、という気持ちになる。そうやってハッと気がつくと、じりじり車間が詰まってしまって、前の車が進路を譲ってくれるという申し訳ない状況です。人それぞれに好みのスピードがあるのだろうから、抜きたい人は抜けばいいと思うし、我が道をゆけばいいと思う。ただし対向車線の無理な追い越しだと、関係ないはずのこちらの方にこそ、正面衝突の危険があり、しゃれにならない。車は馬ではなく、人の手で便利なように都合良く作られた鉄の塊で、自分が気持よくなりたいだけの乱暴な手綱さばきは、無関係のひとを傷つけるから、そういうデリカシーのなさは許せない。とにかく追い越しをかけられると、いつもいろいろ考えてしまい、変な気持ちになる。たとえば車が国家だったとしたら、どうだろう。道が人生だったら、どうだろう。とか。手綱をさばく人間の都合で、寄り道もままならず、途中下車も許されず、ただ過剰な緊張を強いられて、まわりの景色や会話も楽しめない速さで、タヌキやイタチをはねて、いったいどこに辿り着くのだろうか、とか。

高三から(ちゃんと免許を取って)バイクに乗り続けているし、ツーリング好きなので、スピードの魅力は痛いほど知っているつもりだ。それは理性では押さえられない、魔性のこと。人の心の奥の奥には、自己犠牲をいとわない思いやりの心と、手のつけられない魔物が、同居しているのだと思う。そのような複雑さを知っていているひとは、過去に通った道すじや、まわりの景色に対して敏感になり、無茶な追い越しをかけたりはしないのだと思う。自分と戦うから。

                            ★

昨日の朝、僕はのんびり走りたかったので、緩い内カーブで、車体を路肩に寄せて、後ろから車間を詰めていた車に進路をゆずった。白の軽自動車で、女性が乗っていた。ここまではよくある場面だったが、その車は僕を抜いたあと、ひどく遅れて、お礼サインのハザードランプを二回、点灯させた。ひどく遅れたのは、「もたついた」からだと思う。ああ、はやくお礼を言わなきゃと、あせったからだと思う。その変な間があったせいか、なぜかいまでもランプが心に残っている。ハザードを光らせた場所や、タイミング、車の後ろ姿、自分でも不思議なんだけど、ありありとその場面を思い出せる。目的地に着くことや、走ることそのものよりも、こういうもたついた時間によって記憶される場面や、自分のなかで変化する心の模様のほうに、いまは興味がある。遠回りで、臆病に見えるかもしれないのだけど、その方法でしか辿り着けない目的地(新天地)もあるんじゃないだろうかと。


2012/12/01

いいこと

一昨日は一宮神社に。大日寺と対になる場所にある神社で、もともと行く予定はなくて、知らずにたまたま通りかかって見つけたのだけど、とても凛々しく、力強い場所で、いいことがあった。じつはそのとき急ぎの用事があって、寄り道している時間はなかったのだけど、どうしても立ち寄りたくて我慢できなかったので、用事のことや時間をとりあえず忘れて、参拝した。するといいことが。この「いいこと」というのは、自分のなかで、なにものにも換えられず、風化しない、過去や未来に流通することのできる自立した富(とみ)のことで、その「いいこと」は、いつもこんなふうに、日常のレールから脱輪したときに出逢う。ちょっとだけ、ちょっとだけレールから逸脱しているので、すぐそばに寄り添っているのに、探すと、見つからない。

~だから、あそこにあるのかもしれない、~だから、ここにはないのだろう、そんなふうな誰にでも説明可能な、筋の通ったわかりやすい嗅覚では、辿り着けない場所がある。その出逢いの予兆が現実と絡み合う瞬間(タイミング)というものが、日常のままならなさに足掻いていたり、なんとも言えない(なんで自分が…)という理不尽にもがいているようなときなどにかぎって、訪れているような気がする。うまく言えないのだけど、それどころじゃないという悪天候のときにやってくるというのか、とにかく不意をつくのだ。

この「いいこと」というのは、たとえば小学生のころに、ずるのないくじ引きで席替えをしたら、ひそかにずっと好きだった子の隣になれたとか、たとえば学校からの帰り道に、地面よりすこし高いところしか通ってはならないという条件を自分のなかに設定して、家までそれが貫徹したときの達成感とか、そういう心の世界とリアルな現実とが重なるときに起こる、自分の内側の波の模様のようなもので、とりたてて人に話せる内容ではない。だけども大人になった今でも、そういう感性で世界の質感を捕らえることはできる。それはいわゆる「気の持ちよう」で、子どものころにはあるけど、大人になったら消えていくような性質ではなく、たえず自分にあるものだと思う。そのような両立した感性は、今ここにある意識を、合わせ鏡のように、連なるように向こう側へ広げてくれる。ただ此世ばかりの生命ではなく、幾千万年の末までつづく魂の世界が別にあるということを、思い出させてくれる。



2012/11/24

ペテルギウスの夜

ペテルギウスの夜が鳴く

ひょうひょうひょうひょう

ぶんぶんぶぶぶん

ひょうひょうひょうひょう

ぶんぶんぶぶぶん

はらがへっては山おりて

まばゆい光にころされる

月のせいじゃない 星のせいじゃない 君のせいじゃない

ああ はらへった 

えさがないから 酒もってこい

まっぴるまからぐでんぐでん

よっぱらってはぽんぽこりん

ぐるぐる回る銀杏の銀河





2012/11/17

夫婦狸

昨日は雨乞いの瀧に行った。これから2013年をまたいで、雨乞いの夫婦瀧を描かせてもらうので、ご挨拶にという気持ちだった。何度も網膜に、この瀧を映したことはある。だけど、ほんとうに見たのかと自分に問うてみると、ほんとうに見たとは言えないと思うところがある。何年かしたら忘れてしまうような記憶なら、見たとは言えない。 挨拶をしたからと言って、相手は自然なのだから、録音機に記録されるような返事はない。だけど縁を作れるかどうか、縁を作る準備が、こちらにあるかどうか、それを自分に問い、試したいのだと思う。網膜に映ることと、事象と出会うことは、まったく違うことなのだと思う。瀧は、それぞれの人にとっての、それぞれの瀧であり、言い換えれば、人は自分の瀧しか見ることができない。それは悲しいことでもあると同時に、かけがえのない富だとも思う。目をつぶっても浮かんでくるような、年を重ねても、離れていても、この世に存在しなくとも、すぐそばにいるような記憶として、事象と出会いたい。そういう気持ちが、自分を突き動かす。網膜に映っていても、見ていないことがたくさんあるし、網膜に映っていなくても、見えることがある。そのよじれのような接点を、探しているのだと思う。

                            ★

今日も朝から雨乞いの瀧に行った。(ほんとに雨がふってしまった)。じつは昨日、瀧の手前に頭が取れたタヌキの地蔵さんがあって、連れと二人で「なおそうか」という話をしていた。ここに来るたびに気になっていたのだけど、すぐ忘れてしまう。その日も家に帰ったら、タヌキのことはすっかり忘れていた。だけど昨日の夜、ジョギングしているときに、二匹のタヌキに遭遇した。めったにない珍しいことなので、じっと観察していた。タヌキはおそらく、夫婦(めおと)。こちらをじっと見て、意外にもなかなか逃げない。こりゃあ縁起がいいなあという気持ちでジョギングを再開して、家に帰って、寝る直前に、ハッと頭のないタヌキのことを思い出した。


『はやくなおしてくれよ』と、夫婦で催促に来たのだと思った。『忘れないでおくれよ』と。昨日から描きはじめた雨乞いの瀧をモデルした作品も、夫婦の瀧。直す道具は持っているで、これはさっそく明日にでもいかなきゃと思った。そして今朝、雨乞いの瀧に向かった。大雨だった。

こじつけと言われれば、それまでである。それがどうしたと言われれば、どうもしない話である。だけどもこういう通路を、大切にしたい。

編みたいのだと思う。

ここにタヌキを置こうと一番はじめに思った人、ここに石段を積んだ人、このタヌキの置物を作った人、頭のないタヌキが気になっていた人、この置物の原料、石段に積もった苔、土、タヌキ、そして夫婦瀧。森羅万象に散らばった、それぞれの縁の糸をたぐり寄せて、一枚の織物を作りたいのだと思う。自分だけの織物、そのような物語を、はじめたいのだと思う。


そういえば昨日のタヌキもこんな顔をしていたなあ。

追伸

翌日もタヌキの再修復をしに雨乞いの瀧に行った。その夜のジョギングで、三匹のタヌキに遭遇した。緩いカーブの手前で、まるで待ちかまえるように、道路の真ん中で二匹、帰り道の森のなかで一匹を見た。『ありがとう』と言いに来てくれたのだと思った。去年もこの時期から走りはじめたが、春までにタヌキを見たのはたったの一度だけである。たまたま今年になってタヌキが増えただけである。たまたまタヌキのお地蔵をなおした日と重なっただけである。それだけなのだけど、底なしに深く考えられることがある。深く深く、考えられることがある。








2012/11/11

観見二眼

発注していた画材が届いた。新しい絵具がそばにあるだけで、失った躰の一部を取り戻したみたいに、ほっとする。2012年は年始から鉛筆と油彩を組み合わせて、白黒絵画に挑戦した。画布と鉛筆は相性が悪いので、自分で木製パネルを作って、木の上に描いた。鉛筆は固いので木目の肌との相性がいい。色のない絵は、光と影だけ。つまり、陰影そのものを描いているので、存在に向かい合っているような真摯な気持ちになれる。白地であれば、一番強い光の場所は、描きたくても、なにも描けない。ぐぐっとこらえて、その部分を見つめるだけしかできない。このこらえ(空白)に弓を引くような力があって、思想を呼びこめるような気がする。それにしても、影を描くことで、同時に光が引き出されているのだから、モノクロームは奥が深い。アウトサイダーアートとは、すこし違うベクトルで、書画、墨絵のような陰影には、目に見えることだけに振り回されたりしない、熟した大人の遊びがあると思う。墨絵などは、自分で筆を入れたところが、即、影になるのだから、作者そのものの予感が、もろに紙のうえに現れてしまう。だからこれほどの真剣勝負はないのかもしれない。予感が強くないと、砕けてしまう。予知が強くないと、ふやけてしまう。武士道というのか、そのような血脈が走るのだと思う。鉛筆画にも、そういう緊張感はたしかにある。 そのような境地に、憧れだけが降りつのる。

宮本武蔵の五輪書、水之巻に「観見二眼」という言葉が出てくる。観は心で見て、見は眼で見ること。観の目をつよく、見の目をよわく、遠き所を近くに、近き所を遠くに見て、敵の太刀を知り、少しも敵の太刀を見ないという兵法の大事(真髄)、これを工夫してみなさいと、武蔵は説いている。今はもう、刀で斬り合う時代ではないけれど、武蔵の言葉は、響く。
 


 

2012/11/06

森の色

色彩論のなかで、著者ゲーテはアタナシウス・キルヒャー(Athanasius Kircher)の言葉を引用している。

「光は陰影なくしては、陰影は光なくしては、決して存在しえぬ」

「全世界の見えるものはすべて、ただ〈かげる光〉或いは〈光る影〉によってのみ見えるからである」

このセンテンスをきっかけに、ふっと天使(悪魔?)が降りてきて、耳元でなにか囁いたかのように、ゲーテの言わんとする、陽炎のような全体像が見えてきたような気がした。ある別のきっかけで視界が開けてくるというのはよくあることだけど、今回は著者ゲーテではなく、キルヒャーの引用によって俯瞰の目が開いた。ゲーテは科学でも、文学でも、詩的でもない方法を使って、見えている世界についての、できうるかぎり近しい、輪郭のようなものを引きだそうとしていると思う。その誠実さと狂気で。

森はなぜ、こんな色をしているのか。この問いに答えられるひとが、この世にいるのだろうか。

闇を単なる光の欠如と排除して、研究の対象にすることすらなかったニュートン光学の言葉ではなく、もはや成り立ちの違う世界の答えを聞いてみたい。




2012/10/24

幽谷響(やまひこ)

家の近くでトンネル工事が始まった。杉の木がなぎ倒されて、山肌の一部が伐採された。その工事のために、猩々の森(勝手に名付けた秘密の森)へと続く山道が消えた。むき出しになった山肌や、転がった無数の杉の木を見ながら、いろんなことを考えていた。もし自分が地元住民の声を聞く立場だったら、もし自分がここの工事を請け負った土建屋さんだったとしたら、もし自分がトンネルの向こうの部落で暮らしていたとしたら、もし自分が森の精霊だったとしたら。自分は流れ者だし、ここに住みはじめた時点からすでに工事は着工されていたし、トンネルができれば便利になることは、実感としてわかる。だから偉そうなことは言えない。でもいろんなことを巡るように考えたあと、溜息のように、こう思った。「このような景色は、できるかぎり見たくない」と。



世の中にはふたつの世界があるような気がしている。そのふたつの世界は、けして交わることはない。だけど、寄り添うように同時に流れていて、いつもどこかで、干渉しあっている。豊かさとはなんぞやと、このむき出しの山肌は、自分に問いかけているように思えた。《答えてみろ》と、幽谷響の声
が聞こえた。




2012/10/19

異株同根

ずいぶん前から、背伸びをしてゲーテの色彩論とダヴィンチの手記という大作を読んでいる。どちらもひじょうに難解で、後戻りして読み返すのでページが先に進まない。もともと読むのがひどく遅いのだけど、この二冊は、さらにさらに牛歩の歩み、一日五行くらいしか進まないことが頻繁にあり、霞の千里のような見通しに、絶望を抱き、自分の小ささを感じている。しかも何度読み返しても、なにが言いたいのか結局よくわからず、ちょっとずつ、しかたなく栞を前に進めているという口惜しい状況なのだ。でも読んだつもりにだけはなりたくないという気持ちがある。ちゃんと自分の頭で咀嚼したうえで「やっぱりわかりませんでした」と二人の前でひざまずきたい。これが僕なりの矜持だ。
 
だけどこの二つの著書はひじょうによく似ている。このことは僕のリアリティなのだから、自信を持って言うことができる。ダヴィンチが色彩論、ゲーテが手記と言われても、まったく違和感がないし、どちらが書いたものか、読んでいてよくわからなくなる。これは二人は同じ井戸を掘っていて、同じくらいの深さにいるからだと思う。これに似た気持ちを、キースジャレットとグレングールドの弾くバッハを聴き比べていたときに感じたことがある。どちらが弾いているのかよくわからず、聞けば聞くほど、差異はなくなり、そのような興味を打ち消すほどに、ようするに、キースでもグールドでもなく、どちらも、バッハだったのだ。

まったく違う人生を歩んでいるつもりでも、まったく違う井戸を掘り進んでいるつもりでも、同じくらいの深さなら、その二人は、出逢っているのかもしれない。そういう現象(phenomena)、または出逢いを、読み手であり、聴き手である自分は、じっと見つめているのではないのだろうか。そういうふうに考えるようになった。だとしたら、二つの著書、二人の巨匠、そして二人の音楽家が伝えているのは「人生は、君の想像をはるかに超えて、豊かになれる」という、可能性(横穴)のことなのかもしれない。そう思うと、難解で、読みにくく、簡単にはわからないこと、そして二人の差異はなく、そもそも比べるモノではないという予感に、合点がいくのだ。
 
                            ★
 
写真は太龍寺で見た異株同根という珍しい根っこ。杉と檜の根が長い年月を経て、まるで申し合わせたかのように一緒になっている。
 
 
 

2012/10/11

聖マタイの召命

カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio)の「聖マタイの召命」。ユダヤの人々から税を徴収する取税人マタイに向かって、イエスがついて来なさい、と声をかけるシーンを描いた傑作。 最近になって画面左端のうなだれる男が聖マタイであると位置付けられてきたけど、それまでは自分に指を向けている髭を生やした初老の男だと言われていて、そのように説明され、信じられてきた。いまもなお、初老の男だと疑ってやまない人たちが大勢いて、この絵を飾っている教会の神父さんも、いまだ理解を崩していない。でもこの絵画の生命線である、召命するキリストの目と指の先が、初老の人を通り過ぎているのはなぜだろうか。

うなだれた男は、まだキリストの存在にも召命にも気づいておらず、だから目立たず、金勘定に没頭して、世俗の影を帯びている。カラバァッジョはこれから陽の当たる、その改心と大いなる気づきの予感の塊を描いたわけで、光が当たっている場所だけを見ていると、その真意には気づくことができない。思いこみが、空間(キリストの視線と指の先)をねじ曲げてしまうから。

先入観というものは、その判断をなににゆだねているかによって、それそのもののの持つ生の力、存在の理由を破壊することがあると思う。外部要因に依存しているか(絵を見る前に、横に書いてある説明書きを読まずにはいられない感覚、不安の裏返し)、内的要因に依存しているか(受け取ったそのままの感覚を信じようとする直線的な力、本能)、常にその両方の感覚をバランスよく整理するか(自分すら俯瞰する視点の獲得へ)。なにより恐ろしいのは、思いこみによって世界がねじ曲がり、もとに戻せなくなることだと思う。スポットを浴びている世界だけではなく、その影を帯びて見えにくくなっている現象にこそ、美しさが宿っていて、そのことを人間が人間に対して暗示できるのが、芸術なのだと思う。それはただの綺麗事や、自分の立場を正当化するための正義、肯定や否定の力学だけでは計りきれない、なにもかも見通した恐るべき狂気の世界でもあり、言い換えれば、人間の限界を示しているのかもしれない。でもその哀しみや絶望のなかに、果てのない無限の宇宙の種を蒔くような、そのようなことは、学にはできないことだと思う。



2012/09/19

気になる出来事

今朝、バイクで山を下りていたら、不動院という陰陽師さんがいる場所の付近の国道で、車にひかれたらしき動物(このへんではそんなにめずらしいことではない)と、そのそばに一匹の犬がいた。その犬は座り込んで、じっと横たわったその子を見つめている。凝視して動かない。もしかしたら親子かもしれないと思ったので、あわててUターンして、その場所に戻った。だけどひかれていたのはイタチだった。犬はこちらを上目遣いで見たあと、、またイタチを凝視して、ぴくりとも動こうともしない。なんだかとても気になったので、iphoneカメラで写真を撮った。


とにかくこのままではいけないので、イタチを抱いて、道路脇に寄せた。


するとその犬は、イタチを見ながらむくっと立ち上がった。


それからこちらに向かって、トボトボと歩いてきた。

こんなふうに三枚の写真を撮った。いそいでいたので撮った写真の確認はしなかった。そして山を下りる道中、あれはなんだったろうと考えていた。てっきり子連れの犬で、親犬がその哀しみに動けなくなったのかと想像していた。だけど、違った。やせた犬だったので、イタチを食料の魅力として見つめていたのだろうと推理した。でもそれなら、イタチを道路脇に寄せたあと、匂いでも嗅ぎにいくくらいのことをするのではないだろうか。そう思った。あの犬はそうはしなかった。イタチを見つめたまま立ち上がり、こちらに歩いてきたあと、用事をすませたかのようにそそくさと去っていった。それからいつのまにか、犬のことはすっかり忘れていた。

私用でせわしない一日だったので、思い出したのは、晩ご飯を食べて満腹の、気の抜けた無心の時間だった。誰かに急かされるようにiphoneで写真を確認すると、上の三枚の写真に続いて、まるで撮った記憶のない、変な写真が映っていた。


これと同じ写真が、二枚続いて、アルバムが終わっていた。

記憶にはないのだけど、間違って撮影ボタンを二回押したのだろう。でもそういうときは、きまって画面は真っ黒になる。こんな色になったのは、はじめてだった。だからどうということはない。日光が当たっているときに押してしまったとか、詳しく調べれば、原因はわかることだろう。ただ今日は、今朝のあの犬との時間以外にカメラは使っていない。そういうタイミングが、気になった。人に話してもうまく伝わらないような、それがどうしたという出来事だけれども、そんなとらえどころのなさが、ぎゃくに心に残った。

気になる出来事とは、なにものかによって引き起こされたものではなく、目の前で起こったある現象に対して、自らが、自らに向かって引き起こした衝突事故のような意識の火花(スパーク)であり、不可思議なタイミングを利用して生み出された波形のようなものだと思う。だとしたら、波を生み出し、火を放つふたつの力がある。普段、日常に思い、考えられる領域とは別に、くらい場所で眠っているような、意識できない存在が、個のなかにたしかにいるという証拠だといえる。その眠っているものに対して、寄り添っていきたいという気持ちがある。この寄り添いたいという気持ちは、なぜか山に入りたいとか、森を歩きたいとか、川を見ていたいとか、秋虫の声を聞いていたいとか、自然に触れたり、畏れを抱いていたいという気持ちに、鏡のような相似形のようで、どこかよく似ている。それがなぜだかはわからないのだけど、似ているということは自身の経験を通しているので、揺るぎない。そしてそのことが、連なってきた人間の歴史、積み重なっていく今日の有事が創り出す気配の波長とも、無関係とは思えない。それほどに大きななにかとは。今朝のことはいったいなにを示唆しているのか。そんなことを考えさせる一日だった。

2012/9/19


2012/09/15

人間の成すこと

田舎で暮らしはじめてからというもの、ごく身近に触れあう虫や鳥、小さな動物たちに、どこかただならないような繋がりを感じはじめている。山を下りて、雑踏にいてさえ、空を飛び、花に集まる生き物たちに、同郷の友人を見つけたような興味が沸いてくる自分を見つけて、はっとすることがある。まるで生き物に興味がなかったころのやさぐれた自分を重ねて、この変わり様はなんだと自問自答したくなる。あれだけ苦手で避けていた花の絵を、いまは何枚も描いていたり。そのような、世界の受け止め方の変化は、自分の心の奥にある、内なる声に応じた結果だと思う。なにがあろうと、その声にだけは従っていこうという気概はあると思う。なぜならその応じる行為、そのリアクションが、生きる甲斐そのものだと思うから。だけどときどき、おまえは誰だと、たずねたい気持ちはある。

昨日は図書館の庭で、ミツバチの観察に時を費やした。ミツバチを見ると、樋口のじいさんの蜂蜜取りを手伝ったときのことを思い出す。しかけた蜂箱から蜂の巣を取りだして、一升瓶くらいの蜂蜜をとる。ミツバチが一年間、がむしゃらに働いて貯めた蜜を、その家もろとも破壊して、富を根こそぎ奪いとっているというのに、ミツバチは、その略奪者の素手や顔にとまっても、ぜんぜん刺さない。怒っている様子もなく、どこか他人事のような達観で、いつものように、いつもの調子なのだ。なぜ。
ミツバチは人間を敵と思っていない、というよりも、そもそも人間を、ひとつの生命体(個体)として、うまく把握できていないというのが、ほんとうのところだと思う。同じ体格のスズメバチの侵入には、怒りをあらわにして、決死の集団による熱球でもって、攻撃するのだから。

虫や小動物にとって、人間の成すことは、天災のような側面があると思う。だとしたら、人間にとっても、人知を超えたものが成すことが、天災のような、把握できない事象として映っているのかもしれない。人間関係に疲れたりしたときに、昆虫や動物の世界に目線を合わせたり、反対に星空を眺めたりするだけで、すこし救われたような気持ちになれるのは、人間では把握できない、ひとつのおおきな生命体(大きな孤、リングのような)が、ひとりの人生や、人間という歴史そのものに深い
影響を与えているという可能性を、どこか普段の意識では認識できないような領域で、感じて、受け入れているからだと思う。見つめているものに、見つめられて、忘れかけていたことによって、思い出させられているという矛盾のなかで。

                            ★

江戸時代の剣豪、宮本武蔵が描いた水墨画に、にらみ合う二羽の鶏を、布袋さんが、上から悠然と眺めおろしているという構図の「布袋見闘鶏図」という絵がある。この作品の所蔵者である茶人、松永耳庵は「布袋という絶対者が、争いの絶えない世間を見つめている」と言ったそうだ。





 
 

2012/08/26

火神 アグニ

数年前に描いた森や瀧の絵で、なにかものたりないなあという思いがここ数ヶ月、ずっとあって、その原因がなんだかよくわからなくて、もどかしかったのだけど、昨日あるきっかけで、足りないものの正体がわかった。結論から言うと、「火」。具体的には、画面全体に赤茶系の色が足りなかったのだ。赤茶系の色を塗り重ねたら、全体のバランスが整って、新しい質感が生まれた。

数日前に「瀧=不動明王」ということを聞き、瀧行は不動のお経を唱えながら行うということも知った。不動は炎のイメージが強かったので、瀧=炎という図式がうまく結びつかなくて、もどかしい思いがあった。無形、浄化というキーワードはあっても、水=火という繋がりにリアリティがなかったのだ。家の前には川があり、夜はお風呂を火で暖めるし、薪ストーブの炎を見るのも大好き。でも毎日親しくつきあっていても、繋がりがよくわからなかった。火を消すためには、水を用いる。だから対局にある要素だとばかり思っていた。無形であり、変化の速度が瀧によく似ているなあとは思うのだけど、決定的に性質が違うという先入観があった。それである日、ふと考えるのをやめた。もういいや、と、虚空にほおりなげた。すると、答えがおりてきた。きっかけはこの言葉だった。

「樹木の中に隠れ、摩擦によって生まれいでる、火神アグニ。森林に満足した彼は、母なる水に達し、水中にも潜む」

なんとも極私的で、表現し難い気持ちだったけど、一瞬でわかった。火は樹木や水のなかに、隠れている。見えないような形で、暗黒に潜んでいるということが。それでいままで森や瀧にはほとんど使わなかった火の色、茶系の暖色を重ねたら、しっくりきた。いわゆる補色関係のことで、色彩の基本なのだけど、水の色(寒色系、透明感のある)に心が傾きすぎていたのだ。 水のなかに、火が宿っている。このイメージは、思いこみに捕らわれていては育たないと思う。頭の中ではわかっていても、それは知識を組み合わせて満足しているだけで、ほんとうにわかったとは言えないと思う。人の心こそ、水のように無形なのだから。そこに潜んでいるものを捕らえるには、この世のタガを外すようなあるきっかけと突破が必要だと思う。自分の内にこもらずに、とにかく外に出てみる、と言うのか。

じつは昨日の昼頃、そういう発見があって、それで火神アグニのことがどうにもこうにも気になってパソコンで調べていたら、数時間前に見た、いっけんまったく関係のない蜘蛛による「分身の術」とよく似ていた。アグニは顔がふたつある。このことはもう、それはもう、些細で、極私的なこじつけなのだけど、僕のなかでは人生の筋道であり、重要な「点」。こういう点と点を注視して、線で結んでいると、ある方向性(ベクトル)が生まれる。奇妙な表現だけど、自分(人間)の外に、違う回路、道(タオ)があることにいやおうなく気づかされる。点と線は、どちらが先にあったのか。そういうことはよくわからないのだけど、いつだって、考えても考えても、わからなくて、まあいいやと、手放したあとに不意をついて、答えのような、きっかけがやってくる。いつもそう。不意打ちである。これはいかに普段の自分の視界にバイアス(先入観)がかかっているか、そのことを証明しているのだと思う。
 
人間というフィルターを通して、いったりきたり。表現とは目的ではなく、ちっぽけな自分を俯瞰する手段であり、全体を形成するひとつのパーツにすぎないということを、思いがけない発見を通して、日々のリアリティが教えてくれているような気がしている。

 

 

2012/08/25

分身の術

おもしろがって放置しているので、我が家のまわりは蜘蛛の巣だらけ。かれらは指で触れたり、巣に触ると、巣をつかんで躰ごと前後に激しく揺らす。分身の術を使うのだ。それは自分を大きく見せようとする威嚇行為だと推測できる。 巣に触れるものが、餌か、そうでないかを、ちゃんと認識して、それに応じて反応しているのだ。このアクションがすこしでも遅かったり間違えていれば、餌を取り逃がしたり、ぎゃくに自分が襲われたりするのだから、その反応には、一切の迷いがなく、力強い。決死であり、全力。迷いは即、生死に関わるのだから、それは当然のことだと思う。



屋久島に行ったとき、街を歩きながら、やけに蜘蛛が多いなあ、と不思議に思ったことがある。森のなかではなく、島を取り囲むように、蜘蛛がたくさん巣を張っていた。それはもちろん、森のなかではなく、周辺に餌が多くあるからなのだけど、そのような事実を凌駕して、人間である僕の目には、害虫から大切な島を守るように、結界を張っているように映った。蜘蛛は人間を認識できない。もし人間が近づいてきたなら、恐るべき脅威、死の影として捕らえ、その本能で、分身の術という、生と死のギリギリの間際で、危険を回避するための最高の対応をとる。そんなふうにかれらは、ただ新しい太陽と、新しい毎日を必死に生きている。
 
こんな小さな生き物だけど、教えていることがある。大きな声ではなく、聞き取れないような小さな声だけど。




2012/08/06

1945年8月6日午前8時15分

2012/08/03

モネの裏庭 北斎の夜

裏庭にイーゼルや画材を常備して、天気のよい日はこの場所で制作することにした。ここならほとんど屋外なので、雨が降らないかぎり完全に自然光で絵が描ける。鳥の声や虫の声、風の音や太陽の光がダイレクトに伝わってくるので、気分がよくて、とてもはかどる。天気の良い日は日中は外、夜は室内とわけて制作できればベストかな。垣根のない外からの情報を、すこしでも身にまとうことによって、カタツムリのようにゆっくりと、内なる世界で進む時間がある。そのことを大切にしたいと思う。



裏庭で制作していたとき、モネが気になってしかたがなかった。モネは屋外制作にこだわった。印象というよりも、光=色の探求のことだと思う。夜は夜で、葛飾北斎が気になってしかたがなかった。浮世絵は印象派が追求した世界観とはかけ離れているように見えるのだけど、それは表面上のことで、同じ大河を歩く、対岸者だったと思う。こちらの岸が昼なら、あちらの岸は夜と。夜は光が閉ざされるのだけど、だからこそ浮きあがる世というものがある。印象派と言われている人たちが浮世絵に惹かれた理由は、説明されなくとも、なんとなく直感でわかる。表面を追求するうちに、反転した対岸の世界、浮世の絵に魅せられた。川面の不可思議な文様を見るうちに、服を脱いで飛び込みたくなったのだと思う。 浮世絵師は水中から空を見上げて、その文様に超自然を見いだした。光のない世界で通用する理論や物語のこと。北斎の富嶽三十六景の波の傑作、あの波の先は獣の爪のように見える。実際に似たような波形を作り、その波の先を高性能カメラで撮影すると、ほんとうに獣の爪のような絵が撮れる。人間の目で追えない波形なのだから、予知だと思う。富士山と波のシンクロも、小手先の技術とはけして言い切れない。波は波でなく、変幻自在の事象。波とは獣でもあり、富士山でもある。そのような融合による超自然(ハイパーリアリティ)の創出。富嶽三十六景にはそのただならなさの匠が詰まっていて、その意味では預言書とも言えるだろう。

鎌倉の彫刻芸術の黄金期、その突破力にも同じことが言える。日本人は印象派のような自然へのアプローチよりも、自分の内にもともと眠っているものを浮き上がらせて融合させる性質のほうが特化しているのかもしれない。それができるかどうかは、土壌だと思う。江戸時代と今も、鎌倉時代と今も、まったく土壌が違う。 土壌とは、時代だけのことではなく、その心の在りようと言うのか、心処というのか。北斎は売れっ子だけど、厳しい環境にいた。借金に追われ、放蕩息子のために毎朝除魔の獅子を描き続け、肉筆画はパトロンのおかげでなんとか制作することができた。それでも絵は楽しそうで、愉快で、自由。 モネが睡蓮を描き続けたのは、三途の川に睡蓮が咲いていたから。その目はゆるやかに自由で、あたたかく、やさしい。

先人たちのぬくもりはすぐそばにある。作家が此の世にいなくても、作品に意志が残っている。そこにいたぬくもりを、すぐそばに感じることができる。その意志を継ごうとするものがいる。表現って、そういうものだと思う。


Water Lilies

1915年頃キャンバス、油絵 151.4 x 201 cm Claude Monet
   


「富士越龍」

1849年 絹本着色 一幅 署名「九十老人卍筆」 印章「百」 95.8×36.2cm


2012/07/13

ある作家さんの画集


ひどく湿気た長雨の昼下がり、発注していたある作家さんの画集が届いた。ずいぶんまえに存在を知って、とても心に残っていた作家さんなのだけど、なぜだか風のように通り過ぎたまま、もう忘れてしまったように思っていた。それが今年に入ってふと思い出し、それからずっと心に留まってしまった。その理由は、自分でもよくわかっている。自然になりたかった彼が制作のために登った谷川岳で遭難して、帰らぬ人となったのが、今の自分と同じ年だったから。だから僕は無意識で待っていたのだと思う。かっこつけるつもりはないし、ひじょうに僭越なのだけど、こう言いたい気持ちが僕にはある。

どうぞご自由に僕の躰をお使いください。

「行ってくるよ」と寝室のドアを細く開け、すまなそうな笑顔を残し出発したあの日から、もう22年になります。2010年犬塚陽子(犬塚勉作品集あとがきより抜粋)


                         「林の方へ」犬塚勉 P30号/1985年/板にアクリル©Tsutomu Inuzuka



2012/07/09

さよなら手袋

今日は午後から畑の草むしりと盛り土を作った。硬くなった土をほぐし、森の土を少し持ってきて、灰と乾燥させた生ゴミをブレンド、分葱とツルムラサキとエンドウ豆の苗を植えてキャベツと赤大根の種をまいた。

なんとなく、手袋をしなかった。

草や土の触感(質感)を直に感じたいと、意識(光)できていない意識(影)の力が自分に働きかけたせいだと思う。雑草の根が固くなった土の中からメリメリっと抜けていく音、固い土を桑で叩く振動。指から腕に伝わってくる感じをできるだけ邪魔者なしにダイレクトに感じたい。だから手袋を拒否したのだ。また草をむしるとき。はっきり言って草むしりに罪悪感などこれっぽっちも感じるほど僕の神経は繊細にできていない。だけどそれでも、ふと考えることはたしかにある。メリメリメリメリと聞こえる名もなき植物たちの悲鳴。それが快感に変容する。死んでいくものに生かされている日々。それを素手で受け取るのが、せめてもの礼儀だと思っていたのかもしれない。土も直に触れた方が気持ちよい。爪の間に土が入ろうが、毛虫に指を刺されようが、ミミズを握ってしまおうが、まったくもって、それがどうしただ。

植えた苗や種は近くの市場で買ったものだ。種は日本の業者の名前だったが、苗はわからない。「もしかしたらモンサントの種かもしれない」そう思いながら、植えた。自然種を求めればいいのだけど、僕の今の心のバランスは、普通に市場で種と苗を買うことを選択していた。こういうとき、心にひっかかりが残る。残尿感と言うのか。原発以後の電気を使うときの、あの一瞬訪れる複雑な気持ちと同じだ。自分が敵であり、悪と見なして対峙している対象に、じつは自分が手を貸していないかという心配。対峙しているのが自分であり、見ているのは鏡だったという目眩にも似た焦燥感、共命鳥(ぐみょうちょう)。


このひっかかりを育てることに、人生の興味がある。いきなりひっくり返したように変わる生活や物事や言動のまやかしではなく、気がついたらひっくり返っていたという魔法に近づきたい。その力学、方程式と絡み合いたい。心の底にひっかかっている集合無意識の種が育った大地が、2001年宇宙の旅のような顕在意識の想像できうるものではなく、可視化を拒むほんとうの未来の姿なのだと思う。だから現世とは未来の鏡映しであり、原風景なのかもしれない。母親の羊水の中で見ていた夢。三面鏡の合わせ鏡が古来から畏れられるのは、無限に続く自分を畏れるからであり、それはありのままの自然への畏れと、同じ気配。

だから「さよなら手袋」。




2012/07/06

きみの道



きみがのぼる山

百年あたりまえ 千年なつかしく 万年ふりかえれ

歩いても歩いてもここ 歩いても歩いてもここ それがどうした?

きみが飛んでいる空 

百年あたりまえ 千年なつかしみ 万年ひるがえれ

飛んでも飛んでもここ 飛んでも飛んでもここ だからなんだって?

きみがおよいでる海

百年あたりまえ 千年なつかしく 万年ターンして

およいでもおよいでも今 およいでもおよいでも今 あはははは

ふりむいたその先 ひるがえったその羽根 生の躍動 リズム

きみのちから

まなざし

えいえん

海と山 あしもとにある

しらなかっただろ?





2012/07/03

求愛のダンス

蜘蛛の糸に足を取られた一匹のアゲハを、もう一匹のアゲハがまわりを飛び回って糸を切り、救出する現場に遭遇した。

video

 
最初は夫婦か親子かと思って普通に感動していたのだけど、しばらく時間が経って振り返ってみると、もしかしたら二匹は「たまたま出会っただけ」なのではないかと考えるようになってきた。言い方を変えれば「助けるという意思はなくとも、その本能が助けるという結果を導いた」ということ。蜘蛛の糸はアゲハの目には見えないと思う。だとしたら、もう一匹のアゲハにも見えなかったはず。ただただ求愛のダンスが相手の命を救った。それがこの救出の真実だったとしても、そうでなかったとしても、二匹のアゲハはわたしたちの目には美しい救出劇に映り、その姿には暗い陰りのなかに身を隠している本能に訴えかける、やわらかくて強い陽射しがある。

そのように考えていたら、いつかやがて忘れてしまうような人目をひくだけの感動を越えて、二匹のアゲハが、心の深い場所に沈みこみ、羽ばたきはじめた。ここでやっと、僕は本当にアゲハという存在に出遭えたのかもしれない。そんなふうに思った。 救出劇に動くだけの心では、まだ存在とは出遭っていない。揺れ動く表層の心の奥の奥、暗い場所にうすら静かに灯るような、かすかな陰影こそ、自己愛と浮き世を超えた存在との出逢いではないだろうか。そのような存在は、何度も繰り返し、時空を超えてさえ、表に現れる。それが流離えど移ろえどのありのままの世界の表現。人として、それが無常を生きることの喜びであり、安らぎになり得るのではないだろうか。
命がけの求愛のダンスが、蜘蛛の糸を断ち切った。この事実は、人類さえ始まっていない、はるか遠いむかしにも繰り返されてきたはずだから。

                          
たまたまそう見える、という意味を見つめて、その源泉を求めるとき、眼に見えない力の関与を外的世界に見出さずにはいられない。

その小さな生命は、沈黙の力で人間の思考そのものに内在している生命力を引き出している。ありのままの自然は、つねに新しい出逢いを提供してくれている。その出逢いを可能にするのは、開かれている感覚世界と内なる力を結びつける思考の自由だと思う。



2012/06/19

花魁の蛇

三匹の蛇が夢にあらわれた。草藪に身を隠しながら、車懸り(くるまがかり)の陣を作り、円を描くように僕の前に現れては消えた。その一匹は赤い蛇だった。花魁の口紅のような色をしていて、その蛇とだけ、目が合った。

雨音が激しすぎて、ほとんど眠れなかった。明るくなってから外を見ると、浮世絵のような力強い雨のうしろに、ホワイトノイズのような霧が立ちこめていた。(そうとう水が出たな)。そんな予感と轟きに誘われて、河原に下りてみた。予想以上の氾濫だった。鮎喰川はエメラルドグリーンを脱ぎ捨てて、もはやいつもの状態を思い出すのが困難なほどに、裸で狂って踊っていた。しかしながら、怖くはなかった。なんだか自分が、深く深く沈みこんでいくような、この世界を抱きしめているような、とてもいい気分だった。自分を見失わないように注意して、モノトーンに時間を流した。




2012/05/29

空也上人

日本には岩下哲士という天才画家がいる。http://www.kdd1.com/a-tosaltuka123.html


上の写真はてっちゃん(岩下哲士)の描いた空也上人。これなんかは実物を超えているかのようなリアリティがある。てっちゃんの魅力は子どものような天真爛漫さと言われることがあるが、それはちょっと正確ではないと僕は思う。耳障りがよすぎて、本質をはぐらかしている。子どもの絵も、もちろんおもしろいものがあるのだけど、外世界(対象)とうまく化合できないし内世界が充実していないので、味(うまみ)が発生しない。天真爛漫だけでは、料理として成立しないのだ。しかしながら外世界と噛み合いをはじめる5歳くらいからでも、そのころには漫画やアニメのタッチにいやおうなく影響を受けてしまうので、ありきたりなものになってしまい、心に深く刻まれるような迫力がなくなってしまう。

てっちゃんの魅力は、天真爛漫に同居している、毒。狂気と言い換えてもいいかもしれない。この狂気とは創造神。本来ありのままの自然のなかに宿っている仏性であり、畏れ(おそれ)のこと。だからこの毒は、薬になる。料理に例えるなら、本来の自然の味を最大限に引き立てる門外不出の隠し味といえようか。

狂気は無意識に揺さぶりをかける。狂気とは、区分を拒み、自と他を曖昧にする反社会的作用があり、だから自分のなかにある社会的要素が、危険と判断して、距離を置こうとする。換言すれば、自我を傷つけ、信じている価値観を壊すもの。でもそういうものから距離を置き、排除していったから、現代感覚はあらゆるものに存在している畏れに対して、感度が鈍くなっていったのではないのか。自然はコントロールができない恐ろしいもの。だからこそ、敬い、恵みに感謝する気持ちが当たり前に芽生える。本能はそれを知っているのに、洗脳の靄で、出口を見失っている。

「立場が変われば、あなたは考えを変える」「あなたの正しいと思っていることは、間違っている」「そのことを受け入れたうえで、あなたはどうするか」。てっちゃんの描く空也上人の目は、そんなふうに人知を超えた場所から、問いかけているように僕には見える。てっちゃんはそのハンデと引き替えに、万物の声を翻訳している。

2012/05/17

その息を感ぜよ


陽射しが強い日には、メダカの水槽の水草から気泡が出てくるのがよくわかる。植物の呼吸、光合成は、水の中だからこそ、私たちに見える。もちろんそのへんの植物ひとつ、雑草ひとつも、この水草と同じように、ちゃんと呼吸をしているのだけれど、残念ながら人間の目には見えない。クマバチには見えるかもしれないけど。

空気を水のように描く世界観というのは、近代以前にはあったのだろうか。映像で頻繁に使われ始めたのは記憶に新しい。弾丸を避けるなどの娯楽映像から始まって、いまやスポーツなどのハイライトやダンスにまで普及している。驚きがあるのは感応しているからなのだけど、表層で受け取る要素が強いぶん、本質とはかけ離れていくような直感がある。換言すれば、芸としての深みはない。では本質に近いもの、芸として、なにがあるのだろうかと再考した。すると能が浮かんできた。能楽の足の動きは、水中のそれに近いと思う。スピードは劣るが、あの動きは、水中でも空気中でも、あまり変わらないような気がする。空気を粘度のある液体(気と言ってもいいのかも)として、受け流しているように見える。まるで蛇のようなすり足で、水の中を通る。

どういう回路で直結するのかよくわからないのだけど、僕の頭の中は、なぜだか「能」と「蛇」が結びついてしまう。その謎が、今回の水草からぼんやりと解けてきた。蛇は水中でも陸でも、同じ動きをしている。そんな動物はほかにないのではないだろうか。もしかしたら空中でも同じ動きをするのかもしれないし(龍)、呼吸さえできれば、宇宙でも同じ動きをするのかもしれない(ひも理論)。

粘度が違う領域を行き来する=彼岸と此岸を行き来する=時空間を行き来する。

いささか強引なのかもしれないけれど、だからこそ古(いにしえ)の人々に神格化されたのではないだろうか。

能の動きも水から空(くう)に在る。空を川の流れのように舞うその姿、万物の呼吸を映しているからこその演舞。「その息を感ぜよ」という教訓が、その花の奥に滴る蜜として、隠されているのではないだろうか。万物に宿る霊性に気づき、共にあるという実感を抱いて生きよという示唆が、その全体の動きに含まれているからこそ、型を守られて、普遍性(不変性)を獲得して、受け継がれてきたのではないだろうか。


 
 
 

2012/05/06

一心不乱


熊蜂が好きで、よく観察している。飛び方が好きで、調べてみるとおもしろくて、まだレイノルズ数を計算に入れていなかった昔には、航空力学的には飛べるはずのない、ずんぐりむっくりの形なのに、なぜか飛べているということから、不可能を可能にする象徴であり、その飛翔が奇跡とされていた。レイノルズ数というのは空気の粘度のことで、たとえば人間が床の上でいくら平泳ぎしても、ちっとも前に進まないが、水中では粘度があるので進むことができる。飛行機のような大きな形のものには、ほとんど無視できる数値なのだけど、熊蜂のような小さな虫にとっては重要な力学で、そもそも彼らにとって空気はサラサラしたものではなく、水のようにネバネバとまとわりつく存在なのだ。このネバネバした空気。通用されている力学に洗脳されている状態では、想像すらできない。

人間の歴史のなかにも、不可能を可能にしている人がいたり、なんだかよくわからないけど、すごい、ということがある。よくわからないこととは、よくわかっていない方に原因があるのだと思う。不可能を可能にしている人や、グッと来る事象のまわりには、レイノルズ数のような、未知の力学が作用しているのではないだろうか。不可能を可能にしている人の作品や、なんだかわからないけどグッとくる事象のまわりには、通常の力学では計り知れない、別の空間が発生しているのかもしれない。そういう計算式を知らない地点からは、その空間(磁場)で起こる出来事は、奇跡にしか見えないのだけど、じつは観測者も、その空間をどこかで体験していて、だからこそ、呼応して、感応して、思い出している。

                            ★


熊蜂の魅力は、人間をまったく意識していないところにある。近づいてもまったく逃げないし、手でつかんだりしないかぎり、絶対に刺さない。そもそもオスには針すらない。ただただ蜜を集めたり縄張りを守ったりしているだけで、そのずんぐりむっくりの体のせいで、壁にあたったり、網戸なんかには平気でぶつかったりする。そういう一心不乱な姿に惹かれてしまう。愛くるしい

別の空間を創り出してしまうそのエネルギーとは、この一心不乱の気流ではないだろうか。その磁場を唯一流通できる粒子こそが、光より速いのだと仮定すると、観測して、数値に置き換えることは、永遠にできない。だからありのままの自然として、ときには芸術として、銀河の断片として、星屑の理念として、受け継がれているのかもしれない。ことごとく無視されて、まったく相手にはしてくれないけど、熊蜂は、このような深遠なる惑星の法則、その方程式の手がかりを教えてくれる。これから人として学ぶべきことは、分厚い専門書にではなく、ささやかな日常にありのまま、あふれている。




2012/05/01

空海の泉

昨日、樋口のじいさんに剣山の御神水を自慢したら「わざわざそこまでいかんでも、近くに美味しい水がある」と言われた。この地の水が枯れたその昔、下(しも)の方までわざわざ水を取りに行っていたおばあさんを不憫に思った通りかがりの弘法大師様が、神通力でわき出したと言い伝えられている秘水があると言う。

さっそく今朝、そこに行ってきた。歩いて20分ほどで、看板もなにもなく、地元の人にしか絶対にわからないような場所だった。その小さな、苔むした、美しい泉に、心を奪われた。デジャブに似た、ひどく懐かしい気持ちになって、その原因はすぐに解けた。

この泉にとても心象の近い絵を、油絵をはじめた当初に描いていたのだ。僕は泉や瀧を描きながら、油絵の技術を身につけた。最初のモチーフは瀧(たき)と決めていた。技術を学ぶのが目的だったので、構図などおかまいなし、大きなサイズの画布には、わざわざ分割してたくさん描いた。それから森にモチーフが移行したのだけど、今になってまた、他のシリーズと平行して、瀧を描きはじめている。モチーフは展開ではなく、回転している。広がっていくのではなく、輪廻している。

さきほどの懐かしみを忘れないうちにと、今、この文章を書いて、記憶を記録している。
こんなふうに、何周も何周も、繰り返し、懐かしみ、また繰り返し、私というひとつの物体は、ある大きな球体のうえを歩いている蟻の行列の一匹として、存在しているのではないだろうか。懐かしく思うのは当然で、それは既に歩いたことのある道だから。もちろん今生ではなくとも、過去や未来を超越した存在の記憶として、たしかに受け継がれていく風景があるのだと思う。





2012/04/29

剣の光

今日は剣山に御神水を汲みに行った。大剱神社を過ぎて、あと30分くらいで頂上というところで、なんとなく今日は頂上に行くのはやめようと思った。負けず嫌いの性格だから、今まではどんなに時間がなくても、夜になっても、意地でもてっぺんまで登っていたのに、今回だけはふと、たっぷりと時間はあるのに、途中下山したくなったのだ。

下山してすぐのところに広まった場所があり、そこで水が沸いていたので、水を汲もうと歩みを止め、なんとなく空を見上げたら、iphoneカメラの画面からあふれてしまうほどの大きな光輪がでていて、腕に鳥肌が立っていた。その光の輪は、10分ほどでゆるやかに、薄雲に覆われて消えた。

もしあのまま登山していたら、気づかなかったと思う。登山中はおもに周辺の木々や遠方の山々を眺めるくらいで、顔を上げて、真上に近い位置の太陽を見上げるようなことは、ないだろう。頂上にいけばさすがに気づいたと思うけど、すぐに消えたので、それもままならなかったはず。振り返ってみれば、山に登ったら、頂上まで登らなければいけないという思いこみや、せっかくここまで来たのだから、という欲があったら、この光輪には出逢えなかった。それともうひとつ「なんとなく」を受け入れる心のゆとり、必死のなかに現れたり消えたりする、緊張と緩和、その例えようのない隙間のような瞬間。それがなかったら、今日のこの日に、つたない乱文を書くようなこともなかった。

常識や思いこみに捕らわれて、自分は大事なことを見逃していないかと、省みるいい機会になった。こういうふうにしなければいけないとか、こんなふうにするべきだとかと、自分で自分を縛り付けて、ささやかで、大切なことを、見過ごしていまいかと、考えさせられた。

頂上を目指すことに、意味がないとは思わない。目指さなければ、そもそもの光の輪に感動することすらできなかったわけで、その動機が人間の力であり、エネルギー。どこから沸いてきたかよくわからないような欲望に抗えない性(さが)は、美徳だと僕は思う。

しかしながら、今日の太陽(大日如来)からは、こんなふうに教えられたような気がした。

「頂上に立つことも大事だけど、抗えない力に応じる、その必死や、引き裂かれの曖昧のなかにこそ、存在がある。虚飾や知識で飾り付けられた世の力学とはまったく無縁に、凛々と、堂々と、ただありのままに、ありのまま、そこに在る本質とは、世の通力からは、わざと見過ごされやすいような場所を選んで、たたずんでいる」
 



 

2012/04/22

思いこめない世界


昨日、図書館で柳沢桂子という生命科学者の「生命科学で読み解く般若心経」というインタビュー形式のCDを借りた。原因不明の難病で36年も苦しみ続け、夫に自殺の了承を得たものの、娘の必死の懇願によって、死ぬのを思いとどまった彼女は、自身の神秘体験を通して、般若心経を原子論(粒子論)のことだと直感している。

「あたしが、いる(居る)っていうのは、錯覚なんですね。あたしは、いないんですよ」
「それは生まれて死ぬということで、命が変わるのではなくて?」
「ではなくて、しょっちゅう、常時です」

心に残ったのは、彼女の声だった。本で読んだだけだったら、内容を頭で整理したり持ち越しができるので、翌日まで引きずらなかったし、こんなふうに発信したいとも思わなかった。しかし聞き終わった後でネットで調べてみたら、頭に浮かんでいた彼女の雰囲気と、実際の写真が極似していた。だから心にひっつき虫のように離れず、その珍しい一致に、心が驚いていて、振り返って考える機会を翌日に促したのだろう。

声、というのものは、その話す内容とはまた別の、立体的というのか、人生の積み重ねまでを伝えるような不思議がある。でも落ち着いて、よくよく考えてみると、噛み合わないことの方が多い。ラジオの人とか声優の人が、え、こんな感じだったの?と思うことのほうが、圧倒的に多い。それは思いこみが、いかに自分勝手なものなのかを証明している。アニメが受けるのは、その思いこみを満たしてくれる世界だからだと思う。

そういう流行とは違う世界に、仏像建築(超自然?)があるのだろうと思う。「思いこめない世界」に居る自分の姿を映すために、その映し鏡として、憑依しやすいように人間に似せて、仏像は作られた。そのような、見えない世界の、自分。通用されている力学では、確認することが、どうしてもできない姿としての、自分。それを見たいときに、人は、祈るのではないだろうか。その祈るときの手合わせが、見えない次元を映すときの、映写機としての人間の、シャッターを切る儀式なのかもしれない。換言すれば、内なる自然と、外にある自然をリンクさせる儀式。だから今もなお、大切に、丁重に受け継がれているのではないのだろうか。それがいつの時代にも、必要だから。

                             

柳沢桂子という生命科学者は、自死一歩手前の、重い病苦による負荷(ストレス)があったからこそ、脳内麻薬物質が、人並み以上に大量発生してくれて、般若心経と原子論(粒子論)を結びつける閃きに繋がったと、自らおっしゃっている。その反転作用に、その鬱(うつ)を打ち破る突破に、宗教すらかるがると乗り越えてしまうような、説得力と未来があるように思う。声のイメージと現実が一致したのは、そのことを伝えようとする、あちらの世界で通用されている「気づかせ力」のせいなのかもしれない。もっと自分から負荷を受け入れて、肥やしにしなさいと。



2012/04/07

共命鳥(ぐみょうちょう)

今日は朝から土をいじりながら鳥の声を聞いていた。西の梅の木からはウグイス、東の電線からは別の鳥の声がして、一方が鳴くと、一方が返し、また一方が鳴くと、一方が返す。そんなことを繰り返していた。それは美しい音色で、仲が良さそうな会話、美しき自然の戯れのようで微笑ましかったのだけど、それは安全圏にいる人間の耳にはそう聞こえるということであり、じつのところは木の実を奪い合う縄張り争いだと思う。しかしなぜそのような音が、わたしたちの耳には美しく、完璧なまでに調和した音楽に聞こえるのだろうか。もしかしたら人間同士の様々な苦難や喜びの声も、人知を超えた世界からは、地球交響曲のように聞こえているのだろうか。

そんなことを考えていると、ふと、共命鳥(ぐみょうちょう)のことを思い出した。共命鳥とはシルクロードに伝わる伝説の鳥で、体が一つなのに、頭が二つある。一方の頭は昼に起き、一方は夜に起きる。互いにいがみ合っていて、やがて一方が他方に毒を飲ませ、共に死んでしまう。 そういうもの哀しい鳥で、逃れられない人間の性というのか、生まれながらに、そもそもの人間の抱えている業(ごう)、その矛盾と葛藤をこの鳥は象徴している。

普段はテレビを見ないのだけど、ネットをするのでそれなりのニュースは入ってくる。そのときの心持ちが、この共命鳥に似ている。なにか声を大にして叫びたい気持ちと同時に、その声が、もう一方の自分に毒を盛る行為に通じているのではないかという、不安が横切る。行き場を失ったエネルギーは、二つの頭を納得させる答えを探してさんざん彷徨ったあげく、力尽きて野に落ちる。

この共命鳥の生みの親は、鳩摩羅什(くまらじゅう、कुमारजीव)という中国六朝時代の訳経僧で、数奇な運命に翻弄されながらも、広く、わかりやすく、大衆に仏典の内容を広めようと、その生を捧げた。

有名な「色即是空空即是色」「極楽」という言葉も、彼が生み出した。西遊記で有名な玄奘三蔵法師の名は広く世に知られていても、鳩摩羅什の手による「法華経」「阿弥陀経」「般若経」 「唯摩経」「大乗論」などの訳経がなければ、今の聖徳太子の「三経義疏」も「十七条憲法」も存在しなかったわけで、天台、禅、日蓮、浄土諸宗の今日的な繁栄もなかった。また「煩悩即菩提」「悪人救済」の思想や、 共命鳥などは、鳩摩羅什、その人の人生経験の中からうまれたものであり、彼は単なる仏教経典の翻訳家にとどまらず、偉大なる思想家、哲学者であったのだ。
(参考)鳩摩羅什三蔵法師の生涯http://www.tibs.jp/lectures/ohora/ohora04.html

                             ★

共命鳥の話には続きがあって、極楽に住む他の鳥たちは、この忌まわしい事件の教訓を生かし、それからは「他を滅ぼす道は己を滅ぼす道、他を生かす道こそ己の生かされる道」と鳴き続けているという。





2012/03/27

呼ばれる

呼ばれる、という表現がある。たとえば森に呼ばれたような気がした、とか、川に呼ばれたような気がした、とか。自然に限らず、なんだかよくわからないけど、導かれるようにここに来てしまった、という感覚。ときどきそういう言い方しかできないときに使ったり、話を抽象的に、また詩的な方向に広げたいときにあえて使ったりするけど、ほんとうのところは、僕はこの呼ばれるという感覚が、よくわからない。言い換えれば、感じないし、聞こえない。そんな耳は、少なくとも、僕にはない。

呼ばれるのではなく、いつもこちらの意思で、そちらに向かっている。何枚かカードが配られていて、その一枚を選んで行動しているのは、ほかならぬ僕自身である。その選んだカードによって、不可思議な力学が働くことはあるけど、誰かに選ばされているということは、よくよく掘り下げて考えてみると、ないような気がする。誰かを、特定の神に設定することもない。今ここにいる自分自身が、強く欲しているからこそ、そのカードを選んでいる。


なにも答えてくれないような、圧倒的な存在、事象に対しては、いつだってお邪魔しているという申し訳ない感覚がある。気になるお店の暖簾(のれん)をひょいと上げて、中をこっそりのぞき見させてもらっているというような。でもいつかお客として呼ばれたいとも思っている。しかしそのように願うことそのことが、呼応力を打ち消すのだと思う。

毎日毎日、毎瞬毎瞬、いろんなカードが目の前に配られているような気がする。そんなことを、今朝、ふらっと立ち寄った森の中で考えていた。






2012/03/18

春と修羅

わたくし、という現象は、仮定された有機交流電燈の、ひとつの青い照明です。あらゆる透明な幽霊の複合体。風景やみんなといっしょに、せわしく、せわしく、明滅しながら、いかにもたしかに、灯り続ける。因果交流電燈の、ひとつの青い照明です。

「光は保ち、その電燈は失われ」



心象の灰色鋼(はいいろはがね)から、アケビの蔓は雲に絡まり、野バラの藪や腐食の湿地。一面の一面の天国模様。正午の管楽よりもしげく、琥珀の欠片が注ぐとき。怒りの苦さ、また青さ。四月の気層の光の底を、唾(つばき)し、歯ぎしり、行き来する。 

おれはひとりの修羅なのだ。風景は涙に薄れ。

砕ける雲の、眼路(めじ)をかぎり、玲瓏(れいろう)の天の海には、聖玻璃の風が行き交い、ZYPRESSEN(糸杉)、春の一列。黒のエーテルを吸い、その暗い足並みからは、天山の雪の稜さえ、光るのに。翳ろう波と、白い偏光。誠(まこと)の言葉は失われ、雲は千切れて空を飛ぶ。ああ、輝きの四月の底を、歯ぎしり、燃えて、行き来する。 

おれはひとりの修羅なのだ。玉髄(ぎょくずい)の雲は流れて、どこで鳴く、その春の鳥。

日輪青く、翳ろえば、修羅は樹林に交響し。陥りくらむ天の椀から、黒い木の群落が延び、その枝は哀しく茂り、すべて二重の風景を、喪心の森の梢から、閃いて飛び立つカラス。気層いよいよ澄み渡り、檜もシンと天に立つころ。

草地の黄金を過ぎてくるもの、ことなく人の形のもの。ケラをまとい、おれを見るその農夫。

(本当におれが見えるのか?)

まばゆい気圏の海の底に、哀しみは青々深く。ZYPRESSEN、静かに揺すれ。鳥はまた、青空を斬る。誠の言葉はここになく、修羅の涙は土に降る。新しく空に息づけば、ほの白く肺は縮まり、この躰、空の微塵に散らばれ。銀杏の梢、また光り、ZYPRESSEN、いよいよ黒く、雲の火花は降り注ぐ。

                            ★

拝啓 宮澤賢治様

「雨ニモマケズ」「春と修羅」の一部を朗読にて筆記、原文と照らし合わせて、僭越ながら再構築させていただきました。言霊は原文に忠実ですが、原文にはない句読点はもちろんのこと、段落、漢字変換に相違があります。現代風にしたかったわけではありません。ただ何度も詩文を耳と目と指で噛みしめる中で、自分の背骨の芯の芯に、すうっとあなたが通り過ぎる感覚を、誰かと共有したいという想いが沸いてきたのです。

tact & inspiration をありがとうございました。イーハトーブでお会いできる日を楽しみにしています。

敬具

2012年 3月18日 夜 榊和也


2012/03/01

水鏡(みずかがみ)

国境の長いトンネルを抜けると・・・ではなく、カーテンを開けたら、そこは雪国だった。目頭がツンとした。白銀に目を細めた。見慣れない雪化粧に心が躍った。ここ神山では珍しいことらしく、十年前に比べると、最近はめっきり雪が積もらなくなったとぽやいていたお隣の樋口じいちゃんも、その日はどこか、顔がほころんでいるようにみえた。

さっそく朝から散歩がてら、雪化粧をカメラにおさめながら歩いていた。しかしすぐに撮るのをやめてしまった。カメラが散歩の邪魔をしているのに気づいたからだ。いったん家に戻り、カメラを置いてから、今度は道を反転させて、道中にある森の中に入った。しかし足元はぐちょぐちょ、上からは雪の塊がどさっと落ちてくる危険地帯で、途中で引き返した。森の出口でなんとなく、ポケットに忍ばせていたIphoneカメラで一枚だけ撮影した。最先端で流行のこのスマートフォンとやらも、ちやほやされるのは今の今だけ。あっという間に忘れられてしまう哀しい性を背負っている。もちろんミーハーである自分も含めて。だからこそ、という悪あがきだった。


家に戻り、しばらくしたら、なんとなくカーブミラーのことが気になってきた。鏡、のことである。さっそく調べてみると、鏡の起源は人類と同じほど古く、最古のそれは水鏡(みずかがみ)に遡ると書いてある。鏡の語源はカゲミ(影見)、あるいはカカメ(カカとは蛇の古語。つまり蛇の目)。影身はなんとなくしっくりくるが、蛇の目はしっくりこない。これは自分が東洋人だからかなと思う。話が逸れてしまうので元に戻すと、水面に映る自分自身をはじめて見た最古の人類は、その不確かなおぼろげに、神性と畏れを感じたのだろうと思う。近代になってガラス鏡が発達して、おぼろげだった世界がはっきりと見えるようになった。それでもどこか頭の片隅で、鏡をただたんに光を反射する表面と考えられないのは、最古の人類が見た水鏡のおぼろげに、揺るぎない真実があると心の奥の奧で確信しているからだと思う。

鏡の面は世界の「こちら」と「あちら」を分けるレンズのようなものと捉えられ、鏡の向こうにもう一つの世界があるという観念は世界各地で見られている。鏡は映像が映っているのではなく、表面で跳ね返された、もう一つの世界からの「完全なる拒否」を示す残像ではないだろうか。散歩をしながら写真を撮っていると、それがよくわかる。その場で感じた大切なものや、いつまでも、今生を超えて残したいと思うものに限って、映らない。換言すれば誰かに伝えようとすることそのものが人間の閉じられた輪を作ることであり、大いなる秩序から距離を置くこと。覚悟のない撮影は、散歩の邪魔どころか、逆にあちらとこちらの境界を厚くしているように思う。

「写真は見たままの現実を写しとるものだと 信じられているが、そうした私たちの信念につけ込んで写真は平気でウソをつく」ユージンスミス

最古の人たちが覗いた水鏡(みずかがみ)には、映し出されたおぼろげなこちらの世界と同時に、その下でゆうゆうと泳ぐ小魚や、苔のついた丸っこい石や藻、微生物の足音や、ゆるやかな波の歪みと反応し合う世界を、二重に見ていただろうと思う。そこになんの矛盾もなく、ふたつの世界を行ったり来たり。

償うように、祈るように、時間をかけて、水鏡を覗くように。融合したいものだなあと思う。

追伸

鏡の語源、影身と蛇の目。前者を東洋、後者を西洋的解釈と短絡的に考えていたけど、掘り下げてみると誤解があったようで、古代の人々には蛇を神と崇めていたらしく、蛇信仰は大和朝廷の成立とともに、文明化されていくなかで表面から姿を消していったらしい。しかし今も鏡餅などに受け継がれていると。いわれてみれば縄文土器は蛇を連想させる。吉野裕子氏は縄文人が蛇を神格化するにいたった理由について「蛇の形態が何よりも男根を連想させること」「毒蛇・蝮などの強烈な生命力と、その毒で敵を一撃の下に倒す強さ」とこの二つをあげている。参考「蛇・日本の蛇信仰」
 
蛇は怖いし、やばい。気持ち悪い。自分は、そうやってこちらから判断して、結界を張っている。太古の人も命を失ってきただろうと思う。しかしすんなり土器などに渦巻きの紋様などを組み込んで、その神性を取り込み、崇めている。境界線がなかったのだろうと思う。
 
やがて仏像など、崇める対象に人を模すようになってくる。それでも人知を超えて、心の奥の奧に迫ってくるものがある。エロスとタナトス、そんな二言で割り切れるようなものでもなく、もっと判断のできない世界に憧れがあって、だとしたら水鏡のおぼろげは、たしかに蛇の目だなあと思う。
 

2012/02/25

償い

昨日、朝から免許証更新と二時間講習に警察署にでかけた。講習は八割が交通ルールに関する映像鑑賞だった。酒気帯び運転と交通事故、事故後の人生の痛切さを警鐘する内容で、冒頭と最期にさだまさしの償いという曲がかかっていた。僕は既知だった実話をもとにしたこの曲を、ほとんど無自覚に、違う耳で聞いていた。
                           ★

償い 作詩作曲 さだまさし

月末になると、ゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに、必ず横町の角にある郵便局へとびこんでゆくのだった。仲間はそんな彼をみて、みんな貯金が趣味のしみったれた奴だと、飲んだ勢いで嘲笑っても、ゆうちゃんはにこにこ笑うばかり。

僕だけが知っているのだ、彼はここへ来る前にたった一度だけ、たった一度だけ、哀しい誤ちを犯してしまったのだ。配達帰りの雨の夜、横断歩道の人影に、ブレーキが間にあわなかった。

彼はその日とても疲れていた。人殺し。あんたを許さない。と 彼をののしった。被害者の奥さんの涙の足元で、彼はひたすら大声で泣きながら、ただ頭を床にこすりつけるだけだった。

それから彼は人が変わった。何もかも忘れて、働いて、働いて、償いきれるはずもないが、せめてもと、毎月あの人に仕送りをしている。

今日、ゆうちゃんが僕の部屋へ、泣きながら走り込んで来た。しゃくりあげながら、彼は一通の手紙を抱きしめていた。それは事件から数えてようやく七年目に初めて、あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り。

「ありがとう。あなたの優しい気持ちは、とてもよくわかりました。 だからどうぞ、送金はやめて下さい。あなたの文字を見る度に、主人を思い出して辛いのです。あなたの気持ちはわかるけど、それよりどうかもう、あなたご自身の人生を、もとに戻してあげて欲しい」
 
手紙の中身はどうでもよかった。それよりも、償いきれるはずもないあの人から、返事が来たのが ありがたくて ありがたくて ありがたくて ありがたくて ありがたくて。
 
「神様」って、思わず僕は叫んでいた。彼は許されたと思っていいのですか。来月も郵便局へ通うはずの、やさしい人を許してくれて ありがとう。
 
人間って哀しいね。だってみんなやさしい。それが傷つけあって、かばいあって、何だかもらい泣きの涙が、とまらなくて とまらなくて とまらなくて とまらなくて。

                           ★

僕はこの歌詞を、加害者(ゆうちゃん)を「人間」、被害者を「自然」と置き換えて聞いていた。

思い返してみると、311のことが頭をよぎっていたのだと思う。しかし聞いているうちに、もっと深くて広い意味が、波紋のように広がっていた。償い、という言葉が、あきらかにこの歌詞の示すものとは、違う意味で聞こえていた。換言するなら、人間と人間にだけ作用していたコードが、ふと気がつくと、片方が、別の次元に繋がっていた。

自然(大いなる秩序)は呼びかけてもなにも言わないので、このような感動させるような歌詞として成り立つことは、絶対にない。もう送金はやめて、あなたの人生を生きてくださいというやさしい言葉は、けっしてかけてくれない。しかし返事が聞こえたような瞬間、幻聴だとわかっていても、そういう瞬間はあるのではないかと思う。その声を許しの声と捕らえるか、黄泉の国からの呼び声と捕らえるか、彼岸と此岸の裂ける音と捕らえるか、それはもう、受け手であるところの自分によって様変わりしていくもので、固定して判断しない方がいいだろうとは思う。

償いとはなにか。そもそも人間が、生まれながらに業を背負っているという自覚、そのものが大前提だと思う。自覚すらないなら、人間同士を慰めているだけということになるのだから。

結局、いくら思考を巡らせても、答えは出なかった。しかし今までの体験を基にした、手がかりはあった。何千年も受け継がれて、大切にされてきたものには、その背負った業の自覚に基づいた、恥じらいのような、気品がある。そこからくみ取れるものがあるし、くみ取らせるために残っているのだと、僕は思った。償いとはなにか。その答えの手がかりとして、最終的にここに帰結していた。  

償いとは、わかりやすいコードで人間と人間を紡ぎ、慰め合い、感動させるやり方ではなく、人知を超えた大いなる秩序にコミットするために、人間にあらかじめ用意された通路のようなものではないかと思う。償うこととは、通ずる路に対する可能性のことであって、すでに生まれながらに持っている業を、しっかりと自覚することによってのみ、その扉が開く。換言するなら、通ずることを、信じること。するとシュロ縄のように、人間同士もねじれて繋がり、いつのまにか人脈ができることもあるだろうと思う。脈ができれば、やがて血は流れるのではないのか。そんなふうに思考を広げていたら、最後は償いという暗みを押しつけられた言葉に陽が射していた。



2012/02/12

ガドルフの百合

夜毎、宮沢賢治の朗読を聴いている。本で言葉を目で追って読むのとは違って、朗読で耳から聴くと、頭に浮かぶ絵が、ある一定の速度を保つので、紙芝居のように浮かぶ映像の流れに心地よい負荷がかかり、まるで暗がりにひっそりと上映される闇映画を見ているような新鮮な気持ちになれる。それにしてもこの人の文章には、心の奥の奧を照らす、なにか特別なてがかりのようなものがある。危険なのに、暖まる、触ると大火傷を負い、死に至るというのに、虚しさに震える心を照らし、暖めてくれるような救いの火がある。まるで炎のような斬り方だなあと思う。

特に気に入って何度も聴いている「ガドルフの百合(ゆり)」という作品。ガドルフという旅人が旅の途中で嵐に逢い、誰もいない黒い家で一夜を過ごすという短い話なのだけど、そこで出会すビジョンというものに、幻想的とか、非日常とか、宇宙的という、いくら言葉を積み上げても、もの足りない普遍性がある。何度聴いてもピタッと自分に張りついてくるというのか、予言的というのか。すべてが残像のようでいて、リアル。しかしあらためて本で読んでみても、同じ感動は得られなかった。おそらく宮沢賢治さんの作品は、自分にとって、耳で聞く方が吸いやすいのだろうと思う。

ガドルフは最後にこうつぶやく(おれの百合は、勝ったのだ)と。ここで物語を超えて、すべてから解放される。最後の最後に、この世の虚しさから抜け出した上で、大きく自分を広げていく魔法。小栗康平監督の「眠る男」で、主人公がブロッケン現象に映った自分の影にたずねた言葉、「埋もれ木」の少女のラストカット、タルコフスキー監督の「ストーカー」の最後の最後で、足の不自由な娘がテーブルの上にあるコップを触れることなくスライドさせるシーン。それらの人生を揺るがす忘れられない映像が、(おれの百合は、勝ったのだ)。という男の確信に満ち満ちた言葉の上に重なる。宮沢賢治は一本の類まれな映画を撮っているような。言葉を使ったのは、当時映写機がなかったからではなく、それが賢治のままならなさ、世界と自分の距離を埋める最良の手段であり、残像のあいまいさを記録する最良の道具だった。だから賢治はその時代に生まれた。そういうことなのだろうと思う。「ガドルフ」という名前、冒頭から出てくる「曖昧な犬」、そして物語を無限に向かって誘導して、伸びていく「百合」。それらすべてが確かに自分の心の奥にいて、雷鳴を待っていた。本当の暗闇を知っている人はみな旅人であり、ガドルフなのではないだろうか。心の奥に黒い家があり、疑うことなくそこに行けば、曖昧な犬がいて、それぞれにとっての百合に出会える。

一晩でも山で一人で野宿したことがある人はわかると思う。夜山は、一切の光を奪い取る。目を瞑っているのか、開けているのか、そんなこともわからなくなるような心持ちになる。そんなとき、もうすっかり見ることをあきらめて(諦)、暗闇にまるごとの自分を放り投げてみると、木々のさざめきや、遠い川のせせらぎや、虫の声が、いつもとは違う質感で聞こえてくる。かっと目を開いたまま、暗闇を見つめて、そのような音色に集中していると、なにやらひとつの物語が目の前で進行しているような気がしてくる。そういう物語の語り部は、心の奥の奥に抱えている虚しさや刹那に対して、とてもおおらかで、優しい。そして目に見えない物語には、目に見える物語だけを信じている人たちに対応するコードが存在していない。だからちぐはぐで唐突、期待に答えるような展開がない。しかしその声を聞き取れるような形で翻訳する人たちがいて、翻訳してきた先人がいて、これからもい続けるだろう。宮沢賢治はまぎれもなくその一人で、作者ではなく、作品として生ききった(逝ききった)人だろうと思う。

宮沢賢治は、耳で聞くことを強くお勧めします。


2012/01/28

風雅

年始から善通寺市に通っていた。一日だけ参拝する機会に恵まれ、善通寺、曼荼羅寺、出釈迦寺と廻り、その帰り道に見事な白雪に巡り会い、滞りなく、美しき一日を過すことができた。

今年は1月1日から、天空から落ちてきた一滴一滴(ひとしずくひとしずく)を、子供のような視線で注視して、点を線で結んで遊んでいるうちに、知らぬまに人間の外へ導かれていくような風雅な日々を過ごさせてもらっている。

新年早々、世の中はいろんな世界が重なって合成された世界なのだなあと、身をもって感じさせられた。

われ諸法を観るに、たとえば幻のごとし。すべて是れ衆縁の合成するところなり。
(この世のすべては幻のようなもの。すべては多くの縁によって生じた仮の姿である)
「空海」性霊集より

すべてのものに実体はなく、物質も肉体も現象も、すべては因と縁で生じたかりそめの姿。縁が先に生じて、因を成すこともあり、見ていると思っていたものに、ほんとうは見られているのかもしれない。かりそめだからこそ、見えてくるものがあると思う。人生を投げ捨ててしまいたいような絶望や、世の中からはじきだされたような疎外感の中にいてこそ、すべて幻であるという刹那が、世を未来から見通す達観として生に息づき、視界を広げて自分のできることを推し量る絶好のタイミングに成り得るのだろうと思う。

2012/01/21

人間の舟

炎がピタリと静止したような、不動明王の憤怒の表情を見ていると、眺めているだけでは抑えられないものが心の奥から沸いてきて、素描せずにはいられなくなる。幼い日を思い出しているような初々しいこの気持ち。このへんの感覚が、自分にとっての表現の初心、ルーツなのではないだろうか。怒りもまた、仏性。鬼もまた、仏の化身。たとえば落石の下敷きになった人が目の前にいる。助けたいと思うのが慈悲、仏心。しかし穏やかな優しい気持ちだけで、その重い石を取り除くことができるのか?本当に彼を救いたいのなら、迷いなく憤怒の形相に化身して、手を汚してその石を動かさなくてはならない。

森の奧に静かに鎮座する、巨木のような仏像を見ていると、眺めているだけでは抑えられないものが心の奥から沸いてきて、素描せずにはいられなくなる。自然に畏れ(おそれ)と憧れを抱いていた幼き日を思い出しているような、粛々としたこの気持ち。このへんの感覚が、自分にとっての表現の愛心(まなごころ)ではないだろうか。抑えられない怒りの奧にあるのは、きっと仏心。穏やかで、なにがあろうとも動じない、静かな大海があり、その海に方向性があるからこそ、その表面はときに化身となって荒ぶる。

その荒ぶる波のせいで、人間の舟が転覆することもあるのだろう。そこで私とあなたが海に投げ出される。舟は完全に沈み、二人の躯は衰弱していく。死を目前にして、小さな浮き輪が突然目の前に流れてくる。一人なら、助かる。二人なら、沈む。そこで私(あなた)はどうするか。誰も見ていない場面で、どうするか。望んで身を沈めるか、それとも浮き輪を奪い合うか。あなた(私)が親でも子でもないとしたら。私(あなた)が許せないような悪人だったとしたら。内なる仏性は、普段の日常に潜む、このような場面の中で日々、試されているのだと思う。ときには鬼に。ときには菩薩に。

仏も鬼も、どちらも自分の中にいて、理不尽に、矛盾しながら、共存して、揺らいでいるような気がする。高島野十郎はベトナム戦争もまた、慈悲である。と言った。僕はまだ、この言葉をわかったようなわからないような、中途半端な気持ちでいる。



2012/01/04

人間の箱

ずいぶん前から透明のアクリルBOXに絵の具を入れている。透明の箱には、大小さまざまな色の絵の具が所狭しと詰め込まれていて、外から見ていると、まるで色彩を運ぶカラフルな満員電車のように思える。この美しい乗り物は、どの駅で停車して、どの色が降りて、最後にはどこに辿り着くのだろうか。そんな銀河鉄道を見ているような、夢心地にもなってくる。

人間とは、世界とは、このような箱の中に存在しているのではないだろうか。自己という箱の中に。

一度きりの人生だから、やりたいことをやりなさい、好きなことをやるべきだと、まわりの人は個性を押しつけて、「私」はそれが個性的であり、本当の自由だと思ってしまう。「私」が力めば力むほど、「私」の箱は強固になっていく。やがてその箱を守るためには、どんなことでもするようになる。表現という名の下に、作品を綺麗な箱に収めて飾り、麻薬のような喝采のシャワーを浴びて安心する。しかしその声が消えたとき、「私」は一瞬だけ箱の存在に気づいて、心底脅える。だから繰り返す。「私」の箱が壊れてしまわないように。ほんとうのことから目を背けるために。夢の中では喝采が木霊している。反響に目を覚ます。そうやって麻痺していく。自由を手に入れたつもりが、自由からどんどん遠くなっていることに、気づかなくなる。それはとても、哀しいことだと思う。

一度きりの人生だからこそ、自己の箱の中に入っていないものに手を伸ばせばいい。まずは自分を疑うことからはじめて、やりたいことや好きなもの、箱の中に詰め込んだものを、全部捨ててしまえばいい。大勢の意見なんか聞かずに、人を頼らずに、箱の外を感じさせてくれるものを、自分の目で探せばいい。衝動が沸いてきたら、従えばいい。やがて楽観と達観に包まれて、未来を予見する兆しが訪れてくれる。やりたいことや好きなことなんか吹っ飛ばしてくれるリアリティがやってくる。忘れたころに、向こうから。そう思う。

                           ★

今日は朝から大雪だった。強い風が吹いていた。鮎喰川から粉雪が舞い上がっていた。下から上へと。下から上へと。下から上へと。下から上へと。